大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台地方裁判所 昭和41年(つ)17号 決定 1966年10月08日

請求人 成載門

決  定 <請求人氏名略>

右請求人から、法務事務官宮城刑務所教育部教育課長小林利雄外一〇名について、公務員職権濫用の嫌疑ありとして、刑事訴訟法二六二条一項による付審判の請求があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件各請求を棄却する。

理由

(付審判請求の要旨)

一、請求人の立場

請求人は、身柄拘束のうえ昭和三八年三月一九日、盛岡地方裁判所で偽証教唆、詐欺未遂被告事件につき懲役三年の判決の言渡を受け、同月三〇日仙台高等裁判所に控訴を申立て、同五月二九日盛岡少年刑務所から宮城刑務所に移監され、その後同高等裁判所で控訴棄却の判決の言渡があつてさらに上告していたが、同四〇年六月二六日最高裁判所で上告棄却の判決があつて有罪が確定し、その後受刑者として同刑務所に引続き拘禁されている者である。

二、被疑者らの公務員たる地位

(1)  小林利雄は、昭和三五年三月より宮城刑務所教育部教育課長として、

(2)  江村儀一郎は、同四〇年三月一六日より同刑務所所長として、

(3)  千葉辰柄は、同三六年八月より同刑務所管理部保安課長として、

(4)  岩亀才介は、同三四年八月より同刑務所総務部長として、

(5)  天野宏は、同三九年三月一六日より同刑務所管理部保安課第一区長として、

(6)  渡辺市郎は、同三二年九月より同刑務所管理部保安課拘置場第一処遇係長として、

(7)  山口静夫は、同三九年三月より仙台矯正管区第二部保安課訟務担当者として、

(8)  小杉孝什は、同三一年四月より前同刑務所教育部長として、

(9)  吉沢越成は、同四〇年三月二〇日頃より同刑務所管理部長として、

(10)  菊地万は、同三〇年四月より同刑務所管理部保安課拘置場書信係看守として、

(11)  加藤芳蔵は、同三五年九月より同四〇年一一月まで同刑務所管理部保安課拘置場第三舎担当看守として、それぞれ勤務している法務事務官である。

三、被疑事実の要旨

請求人は、昭和四一年四月二七日付、同年五月二四日付、同年三月一日付、同年三月三日付、同年四月一一日付各告訴状をもつて、検察官ならびに司法警察員に対し、次のように告訴した(以下被疑事実の1、2、3の(イ)の例で引用する)。

1  前掲二(以下同じ)の(1) (3) (4) (6) (8) (10)の者は外六名と共謀して、昭和三八年七月二四日、同刑務所に到着した請求人宛の朝鮮文の手紙を請求人に交付する前に多額の費用と日数をかけて翻訳させたうえでないと閲覧を禁ずるとの措置をとり、もつてその職権を濫用して右手紙を受取る権利を妨害した。

2  (1) (3) (4) (6) (8) (10)の者は共謀して、

同年八月二六日、請求人が仙台簡易裁判所に検証物として提出するため同裁判所法廷までの携行を願出た手紙および写真等の携行を許さず、もつてその職権を濫用して請求人の訴訟行為をなす権利を妨害した。

3  (1) (3) (4) (6) (8) (10)の者は外六名と共謀して、

(イ)

(a) 同年八月五日、同刑務所に到着した請求人宛の外国文の手紙二通を請求人が受取る前に弁護人宛転送しようとしたところ、これを許さず、

(b) 同月七日右(a)と同趣旨の願出をなしたが同じくこれを許さず、もつていずれもその職権を濫用して請求人の書信を自由に処分する権利を妨害し、

(ロ)

(a) 同月二二日、同刑務所に同月三日到着した請求人宛の外国文の手紙一通を弁護人に翻訳を依頼するため送付しようとしたところ、これを許さず、もつてその職権を濫用して請求人の外国文の書信の翻訳を依頼する権利を妨害し、

(b) 同日請求人が同刑務所の許可を得て焼増した写真の印画をこれに朝鮮文字が写つているとの理由で請求人に見せず、韓国の家族及び弁護人に送ることも、焼増を依頼した写真屋に返送することも許さず、もつてその職権を濫用して請求人の写真を閲覧発送する権利を妨害し、

(ハ) 同月二八日、当時の同刑務所拘置場長森八郎と共謀し、請求人において所持使用する裁判関係書類を強制的に取り上げたうえ、その書類をとじてあるホツチキスの止め金をはずして紙こよりでとじなおしよつて書類の契印の位置を乱し、右書類の成立の真正を疑わしめる状態にして右公文書を毀棄し、もつてその職権を濫用して請求人の右書類を正当に保存する権利を妨害した。

4(イ)  (3) (4) (11)の者は外一名と共謀して、

同三八年九月三日、請求人を当事者として盛岡地方裁判所に係属中の民事事件の裁判期日に請求人を出頭させず、

(ロ)  (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10)(11)の者は共謀して、

同年九月一三日、請求人を当事者として東京地方裁判所に係属中の民事事件の裁判期日に請求人を出頭させず、

(ハ)  (3) (4) (11)の者は外一名と共謀して、

同年一〇月四日、請求人を当事者として青森地方裁判所に係属中の民事事件の裁判期日に請求人を出頭させず、

(ニ)  (3) (4) (8) の者は共謀して、

同三九年一二月三日請求人を当事者として札幌地方裁判所に係属中の民事事件の裁判期日に請求人を出頭させず、

もつて、それぞれその職権を濫用して請求人の裁判を受ける権利を妨害した。

5  (3) (8) (10)(11)の者は共謀して、

(イ) 同三八年八月一七日、青森簡易裁判所より請求人宛に送付された判決謄本等公文書二八通の止め金をはずして、これを毀棄、変造し、

(ロ) 同年九月一五日午後四時より翌日午前七時までの間、請求人に対し請求人所有の鉛筆一本を使用させず、

(ハ) 同日、請求人より鉛筆一本を強取し、

もつて、それぞれその職権を濫用して請求人の行うべき権利を妨害した。

6  (3) (4) (11)の者は外一名と共謀して、同年一一月一日、

(イ) 請求人所有の万年筆、ボールペン、ホツチキス、紙挟、クリツプ、印鑑、筆、墨、硯、マジツク筆等を使用させず、

(ロ) 請求人より前記万年筆等を強いて取りあげ、

もつて、それぞれその職権を濫用して請求人の行うべき権利を妨害した。

7  (3) (4) (10)の者は共謀して、

同年一二月一七日、請求人が盛岡地方裁判所民事法廷において、テープレコーダー等を使用して、仙台高等裁判所の行う証人尋問を録音することを妨げ、もつてその職権を濫用して請求人の行うべき権利を妨害した。

四、検察官の処分結果

検察官は、右被疑事実のうち、

1に関し昭和四一年七月二一日、2、3に関し同月二三日、4乃至7に関し同年八月一一日いずれも犯罪の嫌疑なしとして不起訴処分に付し、その処分結果をその都度請求人に通知した。

しかし、請求人としては諸般の証拠によれば、以上の各被疑事実がすべて認められ、公務員職権濫用罪に該当することは明らかであると考えるので、検察官が右のように不起訴処分に付したことには不服があるので、各表示の者に対し裁判所の審判に付することを求める。

(当裁判所の判断)

請求人がその主張するような経緯で刑事被告人として、その後受刑者として拘禁されていること、被疑者らが請求人主張のような公務員であること、そして請求人がその主張のように被疑者らを告訴したところ、検察官が請求人主張のような不起訴処分をしてその結果を請求人に通知したことは、いずれも関係記録により明らかである。そして、各被疑事実に関し請求人から法定の期間内に適式の付審請求がなされたので、当裁判所は次のように判断する。

一、出廷させなかつた点について、

前記付審判請求にかかる被疑事実4の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)は、いずれも請求人を当事者として係属する民事訴訟事件の口頭弁論期日に請求人を出廷させなかつた措置に関する。

本件関係記録によれば、請求人が宮城刑務所に移監された当初から、同刑務所幹部職員の間で請求人が厖大な民事訴訟事件を抱えていることが知られ、当時の所長備栄彦は、その頃幹部職員等の意見を徴し、具体的に当該各民事事件の概要についても検討しその出廷の必要度および出廷の拘禁に及ぼす影響度等を勘案のうえ、請求人を遠隔地の法廷に出廷させることには、職員配置上および予算上の制約もあり、また刑事被告人としての拘禁に伴う時間的、場所的制約を免れないことや、さらに請求人が腰痛症のため歩行困難であると訴えていたこと等を考慮し、請求人に対してはあらかじめ、訴訟延期の申立、訴訟代理人制度の存在、勾留被告事件についての保釈の申請等出廷不能に伴う訴訟上の対策等をも説明指導したうえ、「収容者提訴にかかる訴訟の取扱いについて」と題する昭和三五年七月二二日付矯正甲六四五法務省矯正局長通達の趣旨に則つて請求人を遠隔地の各期日に出廷させない旨決定し、各関係職員にもその旨通告するとともに、同年六月末か七月初頃の同刑務所刑務官会議においてもさらに右問題を議題として取上げ、出席刑務官の意見を聴取したうえ所長の決裁により右と同一の方針を再確認し出席者にその旨の指示を与えた事実が窺われる。被疑者のうちには所長に意見を具申し、あるいは所長の決裁を請求人に伝えたなどの限度で関与した者があることは事実であろう。

本件被疑事実に関する限りでは、請求人が各具体的期日に出廷を申出たことを認めるに足りる証拠は全くないけれども、前提となる前記の処分の当否を検討する必要はあると考えられる。

憲法三二条はこれを民事事件に関していえば、何人も裁判所へ提訴して裁判を受ける権利を有するとの趣旨であつて、それ以上口頭弁論期日に自ら出廷して種々訴訟活動を行うことまでを保障したものとは考えられない。そして、口頭弁論期日に出廷して訴訟活動をする自由が憲法一三条の保障する自由の一種であるとしても、同条の保障する自由および権利は決して無制限のものではなく、公共の福祉による制限は免れないところであり、未決拘禁者や受刑者が拘禁、社会的隔離あるいは未決拘禁の目的ないし行刑目的にてらし、合理的な範囲で、その自由や権利を制限されることは公共の福祉による制限として当然是認されるところであつて、具体的場合における右出廷等に対する制限は刑務所の長の合理的な裁量に任されているものと解すべきである。

ところで、請求人は当時刑事被告人として未決拘禁中であつたわけであるが、当時の刑務所長が前記の諸点を総合考量して請求人を遠隔地の裁判所に出廷させない旨決定した処分は、前記認定のような事情の下では、未決拘禁のための合理的な制限というべきであつて、何ら違法のかどは存しないのである。従つて被疑者らのうち右処分に前記のような方法で関与した者があつたとしても、公務員職権濫用罪を構成しないことは明らかである。

二、文書等の発受を制限した点について、

1、3の(イ)(a)(b)、(ロ)(a)(b)はいずれも当該文書(写真)中に外国文が記載されているためその発受を制限された点に関する。

関係記録によれば、同刑務所としては請求人に対しかねがね朝鮮文の記載されている文書(写真)については発信または交付の前に翻訳手続を経るよう指示していた事実が認められる。

ところで、未決拘禁者の発受する文書については外国文の記載がある場合には事前に外国文の内容を在監者の費用をもつて翻訳させ(監獄法施行規則一三一条一項)、もつて在監者と外部との通謀を防止する必要があることは当然であり、しかも事柄の性質上翻訳者の選定は当該刑務所が行い、かつ画一的な取扱がなされざるをえないというべきであるから、請求人が特別の理由もなく同刑務所の定めた方式による朝鮮文の翻訳手続を履践しなかつたため、結果として当該文書(写真)の閲覧あるいは発信を許されなかつたとしても、右程度のことは未決拘禁者に課せられた合理的制限で何ら違法のかどはなく、これをもつて文書発受の自由を不当に制約したことにはならないと考えられるのである。従つて被疑者らのうちにこれらの措置に関与した者があつたとしても公務員職権濫用罪を構成することはない。

三、筆記用具等の使用を制限した点について、

5の(ロ)(ハ)、6の(イ)(ロ)、7はいずれも筆記用具等の使用を制限したというものである。

5の(ロ)、6の(イ)については、同刑務所においては監獄法規に則り、刑事被告人として拘禁中の者の筆記は特に設備した書信室において行い、居房内においては筆記を許さない例であり、従つて当該物件は施設の管理運営上不必要と認め、一般在監者に対する処遇例に従つて請求人に対してその居房内での所持使用を認めない措置を執つたものであることが認められる。

右の程度の制限は未決拘禁者に対し極めて当然のことであつて何ら違法のものではなく、従つて右措置に関与した者につき職権濫用罪の成立しないことも明白である。

また、5の(ハ)、6の(ロ)についてはいずれもこれを認めるに足りる証拠は全くない。

7については、当時請求人からテープレコーダー等の携行願が出されたが、これらは裁判所の許可がなければ法廷において使用することはできないものであるから、まずあらかじめ仙台高等裁判所へ使用許可を願い出で、許可を得てから携行願を出すよう指導指示したところ、その後請求人から裁判所に対する使用許可願も出されず、また被疑者らに何らの申出もなさなかつた事実が認められるのであつて、職権濫用罪の成立を疑わせるふしは全くない。

四、証拠書類等の提出を妨げたとの点について、

2について判断するに、請求人主張のような申出がなされたことはあるが、申出に従つて検討した結果当該文書等が仙台簡易裁判所に係属する訴訟とは何らの関係もないと考えられたので、所長の決裁により携行を許さない措置をとつたことが認められる。在監者の所有する物品の持出しについては、施設の管理運営ならびに保安の必要上合理的な範囲で制約を受けることは当然であつて、具体的に調査検討した結果携行の必要性はないとしてこれを許さないことは、通常許された裁量の範囲内にあると考えられるのである。もつとも、訴訟における証拠の採否は最終的には当該裁判所の判断により決せらるべきものであるが、この点に関しては請求人は当事者として、文書等の提出について民事訴訟法規に則つて適式に法廷に顕出しうる方法が担保されていたわけであるから、いまだ裁判所の介入のない段階で一応の裁量により執られた刑務所の右携行を許さなかつた措置が請求人の適式に法廷に提出する権利を不当に制約したものとは考えられないのである。

従つて、右措置に関与した者について職権濫用罪の成立しないことは明白である。

五、公文書等を毀棄したとの点について、

3の(ハ)、5の(イ)について判断する。

関係記録によると同刑務所においては、従来から在監者に送付された書類については、ホツチキス針で編綴されている場合には、保安上の必要からホツチキス針をとりはずし、紙よりで編綴し直す例であり、請求人に対しても同様の方法による旨告知し、同人から当該書類を任意に提出させたうえで、編綴し直したものであり、かつとじ直しは慎重に行い書類の形態を損うようなことはなかつたことが認められる。

右のような措置は保安上必要なものとして当然是認できるし、その具体的取扱いについても何ら違法のかどは認められず、従つてこれらに関与した者について職権濫用罪の成立しないこともいうまでもない。

(結語)

以上要するに本件付審判請求にかかる被疑事実に基づく請求人の請求はすべて理由がないものであるから、これらについて検察官が先に前叙理由で不起訴処分に付した措置は結局相当である。

よつて、刑事訴訟法二六六条一号により、主文のとおり決定する。

(裁判官 細野幸雄 柴田孝夫 鈴木一美)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例